堀江貴文氏の「多動力」はビジネス書というよりは生きていくための新しい基本。
多動力は、堀江さんそのものではないか。
僕がこの本を読んで全体的に思った感想は、おそらく「堀江貴文氏そのもの」だろうというところ。
周りの目や感情、羞恥心などに自分の意思を左右され、本当にやりたい事をやりたくないことで隠して生きていかないといけないような、平均化しようとする常識が自分の個性を殺し、ストレスが発生する。
堀江さんとは会ったことは無いけど、常識を一切感じさせない堀江さんの生き方そのものが描かれているように思いました。
感情を一切なくして冷静に読んでほしい。
堀江さんの言葉には、「バカ」とか「アホ」など、感情を湧かせるような内容が含まれているけど、そんな言葉は気にせず読んでほしい。
そんな言葉を気にしているようでは、多分この本の良さを知ることはできないし、この本以外の日常の仕事や生活などでも、今後関わる人の本質的な気持ちや想いを深いところまで知ることはできない人間のままで終わってしまうかもしれない。
常識を疑え。
この本の章ごとの見出し分を見てもらうと、
- 「大事な会議でスマホをいじる勇気をもて」
- 「電話をかけてくる人間とは仕事をするな」
- 「飽きっぽい人ほど成長する」
など、今の日常では非常識な言葉が並んでいると思うけど、この非常識だと思う部分は特に読んでほしい。ここに気づきがあるから。
今まで自然と植えつけられていた常識について、なんとなく疑問は持っている人はいると思うけど、「常識だからしょうがない。」で終わらせている人は結構いると思う。
そんな常識をぶっ壊す必要がある理由もこの本に書かれています。
自分自身に素直に生きること。
「多動力」と言う言葉を使うから、なんとなく難しく思えるだけで、言っていることはいたってシンプル。
世の中を複雑に難しく考えている人には、色々と刺激的な本になるんじゃないかと思う。
やってみたい思ったら何でも挑戦すること。
自分の思うこと、やりたい事を普段の日常で張り巡らされている常識にとらわれずに、やってみること。
「これやったらだめだろうなぁ」とか、「失敗しないように準備をしなくちゃ」とか考えていたらいつまでたっても何もやらずに人生が終わってしまう。
少しでもおもしろそうだと思ったら、その先には少しでも面白くなる可能性が待っている。
やらないで後悔するより、やって後悔するほうが、死んだときにすっきりすると思う。
死んだことが無いからはっきりは分からないけど。
死ぬ間際の人たちは、みんな自由だった。
うちのじいちゃんもばあちゃんも中学校の頃の仲間も昔付き合っていた恋人もそうだけど、死ぬ間際はみんなやりたい事をやったり、常識に縛られていた僕に「もっと自由にやれ」というようなメッセージを残して死んでいきました。
後悔する気持ちを持っている人はきっと何をしても何をしないで我慢しても後悔する。
それなら、やりたい気持ちだけは消費しておく方がいい。
恥をさらすように生きることになるかもしれないけど、さらけ出さないときっと気持ちよく死ぬことはできないと思う。
堀江貴文氏の「多動力」はビジネス書というよりは、生きていくための新しい基本じゃないかと思いました。